透析の歴史を紹介!人工腎臓の発展について

透析の歴史を紹介

現在の血液透析は、完成されておりこれ以上の大きな発展はないといわれています。透析が開発された当初は、透析効率が悪く尿毒素の除去量もごくわずか、透析患者の日常生活での管理は今以上に非常に厳しかったそうです。

そこから数多くの研究者がさまざまな、人工腎臓を考案して、現在の透析システムが完成されました。今回は、透析が発明されて発展してきた流れについて紹介します。

透析の歴史年表

透析の発展の年表をグラフでまとめてみました。

開発者 説明
1854年 Thomas Graham 透析の原理を発見
1914年 Abel コロジオンチューブによる人工腎臓を発明
1938~
1945年
Kolff 回転ドラム式コイル型ダイアライザを発明。急性腎不全患者の救命に成功。
1946年 Fine 急性腎不全患者に腹膜透析を実施
1948年 Kolff,Olson Kolff-Brigham型人工腎臓を開発。戦時中の挫滅症候群による急性腎不全を救命。
1954年 日本国内でも透析装置の開発・研究が開始
1956年 稲生 急性腎不全患者に透析療法を実施して救命に成功。
1956年 Kolff Twin coil型ダイアライザを開発。
Travenol社から市販され世界に普及。
1960年 Kill 平板型ダイアライザを開発。
1960年 Quinton,Scribner 外シャントの発明
1964年 透析液の大量供給装置が開発
1966年 Stewate 中空糸型のダイアライザを開発
1966年 Brescia, Cimino 内シャントの発明
1968年 日本で透析医療が保険適応される

 

透析の歴史をもう少し詳しく

上記の年表内容をもう少し詳しく紹介します。

透析の原理を発明

透析の原理は、拡散ですがこれを最初に考えたのは、Thomas Grahamという人物と言われています。彼は、1854年に羊皮紙(動物の皮を加工して筆写の材料としたもの)を使って、2つの異なる濃度の溶液を分離できるのではと考えました。

コロジオンチューブ型人工腎臓

世界初の人工腎臓として1914年にAbelがコリジオンチューブ型人工腎臓を発明しました。この人工腎臓は、直径8mm,長さ40cmのコロジオンチューブ32本をガラスの分配管につないで作製されます。

abel人工腎臓2(http://www.fresenius.co.jp/pdf/no04_care.pdfより引用)

犬の血液に、サリチル酸を投与して拡散の原理で除去するという実験を行い、透析液には、0.9%生理食塩水、抗凝固剤にヒルジンを用いました。

ちなみにヒルジンというのは、ヒルから摘出された抗凝固剤です。当時は摘出したヒルジンを清浄化する技術がなく、ヒルジンに起因するアレルギーなどの副作用が多く引き起こされたそうです。1936年にヘパリンが発見され、1937年にヘパリンの清浄化技術が発明されてからは、ヒルジンは使用されなくなり、抗凝固剤は、ヘパリンを使うことが標準化されました。

回転ドラム式コイル型ダイアライザ

人間に使用して初めて救命に成功したのが、オランダのKolffが発明した回転ドラム式コイル型ダイアライザです。これを用いて、1945年に閉塞性急性腎不全の女性の救命に成功しました。

透析膜には、セルロース系の素材、抗凝固剤にヘパリン、透析液は、血液濃度と近似した濃度のNa,K,Ca,HCO3グルコースを組成とした液を用いました。6時間の透析で、35mgの尿素が除去できたそうです。現在の4時間透析の尿素除去量の1%以下の量です。

ちなみに、この当時は一回の透析時間は10~15時間だったそうです。

回転ドラム式ダイアライザ(http://www.fresenius.co.jp/pdf/no04_care.pdfより引用)

ドラムの下に透析液を貯めた槽がありドラムを回転させると、透析膜に動脈血が流れ透析液に浸りながら、静脈回路に流れるという仕組みです。

平板型ダイアライザ

1948年にSkeggs Leonardsにより平板型ダイアライザが発明されました。平板型ダイアライザとは、平板上の膜を複数枚重ねてその間を透析液と血液が膜を隔てて流れることにより、毒素を除去するという原理の人工腎臓です。

後に、killにより改良されて臨床で使用されるようになります。

Kolff-Brigham型人工腎臓

米国に移住したKolffは、Olsonと協力して、1948年に回転ドラム式コイル型ダイアライザを改良したKolff-Brigham型人工腎臓を開発しました。

回転ドラム式ダイアライザ改良(http://www.fresenius.co.jp/pdf/no04_care.pdfより引用)

この装置は、朝鮮戦争での挫滅症候群による急性腎不全の治療に使われて、死亡率を50%程低下させることができたそうです。

戦争による救命の為に、政府や企業が協力してくれるようになりこの時代に急速に透析療法が発展したといわれています。

写真を見る限りモーターのようなものが装着されています。以前のドラム式からどこが改良されたのかよくわかりませんが、救命率が上がったことから、尿素などの除去量などが上昇したのではないかと考えられます。

ちなみに、挫滅症候群とは筋肉の損傷により筋肉組織から漏れ出したカリウム、ミオグロビン、乳酸などが血液に混入して、高カリウム血症や代謝性アシドーシスに陥る病態です。戦争・震災時に発生して、至死率は高めです。

日本での透析の研究

日本国内においても透析療法について開発・研究が始まったのが1954年ごろです。渋沢喜守雄氏らが、積層型ダイアライザを改良した人工腎臓により臨床利用した記録があります。

1955年には、九州大学に回転ドラム型人工腎臓が輸入されました。それに並行して、日本独自の装置の開発が行われ1957年から1958年まで使用されました。

twin coil型ダイアライザ

1956年にkolffは、twin coil型のダイアライザを開発して、Travenol社から市販しました。小型軽量で、使い捨ての為扱いやすく、日本国内にも導入されて使用されました。当時の価格は、3万円6千円程度と高価でした。

ツインコイル(http://yany1125.blog25.fc2.com/blog-entry-56.htmlより引用)

平板型ダイアライザ

1960年に、killはセルロース膜を利用して汎用性の高い平板型ダイアライザを開発しました。平板型ダイアライザとはプラスチック版で透析膜を挟む構造です。慢性腎不全患者に使用され一時的に流行りましたが、膜張り、圧テスト、消毒などの手間に負担がかかることから、次第に使用されなくなりました。

キール型ダイアライザ3(http://www.fresenius.co.jp/pdf/no04_care.pdfより引用)

画像を見る通り巨大です。準備が大変そうです。

現在でもこのタイプのダイアライザは使用されています。平板型ではなく積層型と呼ばれ、膜素材にAN69(PAN膜)を用いたH12というダイアライザがあります。小型化され、ディスポーザブルになってますね。

H12(バクスターHPより引用)

外シャントの発明

外シャントが開発されたのは、1960年です。外シャントは、動脈と静脈をチューブでつないだ人工物です。医師のQuintonと技士のScribnerにより共同で開発されました。

外シャント(http://www.fresenius.co.jp/pdf/no04_care.pdfより引用)

外シャントは、チューブの中心部分を外して、透析回路の動脈側と静脈側に接続することができます。反復穿刺により、血管の荒廃を防いだり、穿刺の苦痛を防ぐのに非常に有効でした。欠点としては、血栓形成により閉塞しやすかったようです。

中空糸型ダイアライザの発明

1966年に、Stewartにより中空糸型ダイアライザが発明されました。透析膜は、セルロース系の膜を使用して10000~15000本の中空糸が充填されました。これは、現在広く使用されている中空糸型ダイアライザとほぼ同じ構造です。

内シャントの発明

内シャントは1966年頃にBresciaとCiminoにより開発されました。前腕の橈骨動脈と橈側皮静脈を吻合する方法であり、現在一般的に使用されているのがこれです。この吻合方法は、開発者の名前にちなんで「Cimino-Brescia法」と呼ばれています。

参照:透析のシャントとは①(内シャントの基礎)

日本で保険適応

日本国内で、慢性腎不全患者に対する保険適応が認められたのが1968年です。保険適応が認められた背景には、全腎協の活動が大きく貢献しています。

参照:腎友会とは?全腎協の活動と歴史を紹介します

 

(参考文献)

http://www.fresenius.co.jp/pdf/no04_care.pdf
血液浄化療法ハンドブック(改訂第6版)P1-3
http://www.arsvi.com/d/a031900.htm

スポンサードリンク